大河ドラマと新撰組!

脚本家の微笑み返し

 

NHKで日曜日に放送されている「新撰組!」という時代劇が、大河ドラマのファンから批判されているらしい。私は脚本を手がける三谷幸喜氏の脚本家としての才能を認める一人なので、このドラマについても大いに支持している。ただし、三谷氏は大河ドラマというものに結構な思い入れを持っているらしいのだが、私はない。

 NHKの日曜の夜8時に放送されているというだけで、他のドラマとどこが違うのだろう。だいたいこの日曜8時の時代劇は今まで面白かったのか?私は、1年間欠かさず見たことが未だかつてないのだ。ほとんどが歴史物だから、こまかい歴史的事実を知らなければ途中でストーリーが飲み込めなかったりする。私は歴史にはとても疎くてついていけないことが多いのだが、他の人はそんなに歴史をご存知なのだろうか?

 例えば1553年に村上義清が武田信玄に攻められて上杉謙信を頼ったことから、信玄と謙信が川中島で戦うことになりこれが第1次川中島の戦いであるとか、あるいは1589年に、豊臣秀吉が伊達政宗の芦名氏攻めに怒り、上杉景勝・佐竹義重に政宗の討伐を命じたとか、さらには2116年に誕生したドラえもんは、耳をネズミに齧られて以来ネズミ嫌いになったとか、そういうことを知らない視聴者に対して、知識人たちが高みからストーリーを展開しているような威圧感を感じるのは私のひがみ根性だろうか。

 私には「峠の群像」の現代サラリーマンに似せた赤穂浪士や、竹中直人の騒々しい「秀吉」の演技など、およそ歴史的でない部分の方が面白かった。なんといっても「黄金の日々」の石川五右衛門は忘れられない。根津甚八だ。秀吉暗殺のために大阪城に潜入し、あと襖一枚のところで取り押さえられる。捕縛されながらなおも襖に手を伸ばし宙を掴む。ほぼ1年のそこまでニヒルな演技に徹した根津甚八が、このときばかり無念の表情に顔をゆがめる。しかし、処刑場では再びニヒルに薄ら笑いを浮かべながら釜の煮え湯に倒れこんでいく。かっこよかった。その後、私が石川五右衛門を名乗りルパン三世と世界をまたにかけるようになったのは、根津甚八の影響であると言っても過言ではない。

 私も、田舎の弱小素人劇団とはいえ、そこでストーリーを紡いでいる脚本書きである。「事実は小説より寄なり」などということは絶対にないと言わなければ、脚本書きとは、事実を構成するだけの作業で済んでしまうではないか。脚本家は事実の裏側に蠢く人々の心のありようを浮かび上がらせるために、事実をも捻じ曲げて寄なるストーリーにしてこそ立つのだ。

 「新撰組!」での心のありようの中心になるのは、コンプレックスだ。元農民というコンプレックスから武士であることにこだわったが故に破滅的な最後に突き進んでいく新撰組が描かれるだろうことが、これまでの内容でわかってきた。わかりやすくていい。新撰組幹部のそうした心情は、つかこうへいの芝居「幕末純情伝」でもすでに描かれている。しかし、三谷氏はそれを中心に据えることで、不器用だが真っ直ぐだったかつての日本人感を描ききろうとしているのではないだろうか。

 坂本竜馬も下級武士で身分の壁に辛酸をなめさせられてきた。だから「百姓も武士もない国をつくろう」と言う。そういう発想は合理的な現代社会に必要なものだ。だからあの時代にそれができた竜馬は称えられる。武士だ百姓だという身分そのものを超越できる合理的な竜馬に対して、近藤勇は、それができない。不器用だからだ。筋を通すということは不合理なことが多い。しかし筋を通さなければ武士ではないとなれば不合理な道を愚直に選んでいく。

 私は最近思う。Time is a money 、合理的なもの、要領のいい人ばかりを評価してきたが故に、失われたものも大きいのではないかと。その最たるものが人を育むこと、育てることだ。そして愛することだ。人を育んだり、愛したりすることまでも現代人は合理的に、要領よくやろうとしている。そうじゃない。かつては、多くの日本人が不合理なものをも大切にしてきたが故に日本人であり得たのだと、三谷氏はそのことを言うために新撰組を選んだのではないだろうか。

 そうした日本人感を描き出すためには、史実なんかにかまっていられよう筈がない。そのうち土方歳三が火を吹くわ、沖田総司が巨大化してモスラの背に乗り京の上空を縦横無尽に駆り、それを迎え撃つ桂小五郎は卑怯にもダースベーダ-と結託して暗黒帝国からクローン軍団を繰り出し新撰組は壊滅状態、そこでクレヨンしんちゃんが近藤勇にフォースを授けるが、近藤は武士らしく日本刀で闘うのだった…ということもアリなのだ。

 ところが、「新撰組!は時代考証がおかしい」という批判に反して、かなり史実に忠実なんだって…なーんだ。でも、史実を嘘っぽくするところが三谷氏の策略か。恐るべし。

 それで、どうして私は大河ドラマに思い入れはないと言いながら、こんなに熱く長く論じているのだろうか。

劇団いぶき

劇団いぶきは、鹿児島県知覧町で40年以上活動している劇団です。