心に残る書籍

脚本家の微笑み返し

 

 今の自分の価値観などが形成されるにあたり、少なからず影響を受けているであろう書籍や、心に残って今もときおり表紙をめくりたくなる書籍を紹介する。きっと、私の書くホンのベースになっているのだと思う。よかったらみなさんも読んでみてください。

1.「イエスの生涯」遠藤周作(新潮社)
 遠藤周作のイエス像であるが、氏が自らの宗教観を解説した本とも言える。そして私の宗教観にも大きな影響を与えている。「ナム!」は浄土真宗の話だが、私がホンを書くための取材で知った浄土真宗は、遠藤周作のキリスト教観と隔たりはないと感じた。
 死者を蘇らせるほどの奇蹟を見せて民衆のヒーローとなるイエスと、奇蹟を見せず民衆から見捨てられていくイエス、むしろ見捨てられ、処刑場からその体を解放させることができなかった力無きイエスの姿にこそ宗教の本質があると理解できる。

2.「ワイルド・スワン」上下 ユン・チアン(講談社)
 著者ユン・チュアンの祖母から三代わたる歩みを綴ったノンフィクション小説である。 日本占領下の満州から戦乱、革命という大きな歴史のうねりのなかで変貌を遂げていく国家と、そこで逞しくまた誠実に生きた家族の物語である。後半は文化大革命の中で迫害されていく家族の悲劇が軸に描かれているが、その悲劇が家族の絆の強さを際立たせ感動を与える。

3.「シーラという子」「タイガーと呼ばれた子」トリイ・L・ヘイデン(早川書房)
 教育心理学者で情緒障害児教育の専門家である著者トリイ・L・ヘイデンによるノンフィクション小説である。幼児期からの虐待と暴力に心を病み、6歳にして傷害事件をも起こす少女が、著者とともに生きた十数年間の物語である。4歳のシーラをハイウエイに置き去りにした母親への思いは、せつない心の叫びとして全編覆っている。心を取り戻すための悲しくも壮絶な自己との戦いの記録であるが、彼女の生き様は読者にも勇気を与えてくれる。

4.「我利馬の船出」灰谷健次郎(理論社)
 悲惨な境遇から脱出するために、遠くの夢の国を求める少年の行動は、逃避願望から自己を成長させるための冒険へと変化していく。新しい価値観との出会い、そして自分の心に異質の価値観を招き入れ、葛藤し、ついには自分の世界を切り開いていく少年の姿に、今も私は励まされている。

5.「こころ」夏目漱石
 文豪の美しい文章によって、いつしか読者は、その先生の話を聞く書生となり物語の傍らにいることに気づくだろう。友人の死を目の当たりにした驚愕と、その死は自分の行動が起因しているということが、自らをして些末的な幸福感を得ることをしない生き方を余儀なくさせた。そういった生き方を、現代の多くの人はどうとらえるだろうか。

6.「さぶ」山本周五郎(新潮)
 冒頭の場面が好きだ。二人の少年が雨の中を歩いている。泣きながら歩くさぶを、栄二がなぐさめている。その書き出しはみごとだと思う。「小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。」なんともシンプル、それでいて映像がはっきりと脳裏に浮かんでせつなくなる。
 「さぶ」というタイトルであるが、主人公は栄二である。しかしさぶの愚直なまでの純真さに、なんだか懐かしい匂いを感じるのだ。挫折の中から立ち直り成長していく過程の栄二の波瀾万丈には引き込まれるものの、それだけなら陳腐な筋立てだろう。どこまでも栄二を信じ、親友のために骨身を惜しまないさぶがあって栄二が生きる。だから「さぶ」なのだ。不器用で、人に軽んじられようと、愛する気持ちを失わず、コツコツと自分のやるべきことをやっていくさぶ。こんな人を尊敬するし、私もそうなりたいものだが、なかなかなれない。

以上、とりあえず6編。また気が向いたら(というか他に書くことがないとき)紹介します。

劇団いぶき

劇団いぶきは、鹿児島県知覧町で40年以上活動している劇団です。