辺鄙な田舎暮らしでは、ナマの芝居を観る機会になかなかめぐまれないが、それでも極力は観るようにしている。今まで観たなかの特に好きな芝居について今回書いてみたい。なお、映像で見たものの中にも特筆すべき作品はあるが、それはやはり「芝居を観た」うちに入らないので、対象外とする。
1.「半神」夢の遊民社
萩尾望都の漫画を原作に、野田秀樹が脚本演出を手がけた同劇団の代表作だ。最近NODA・MAPでも再演されたらしい。私が観たのは、80年代後半(正確に思い出せない)。企業の冠公演で、全国展開していたのだと思う。野田秀樹の戯曲は何冊も読んでいて、その中では「小指の思い出」が好きなのだが、初めてナマで野田ワールドを体感できるとあってずいぶん興奮したものだ。野田秀樹の執拗なまでの言葉遊びと、教師役の上杉祥三が必死にその言葉をあやつろうとする様に心打たれた。そしてラスト近いあのセリフは今でも覚えている。(正確ではない)「孤独はどっちが持っていくの」「孤独は生きていく子が持っていけ。死んでいく子には音をつくってやろう。この海原越しに呼びかけて船に警告する声がある。そんな声をつくってやろう」ウロ覚えです。
2.「化粧」地人会
もともと私が芝居に興味を持ったのは、学生時代に井上ひさしの戯曲を読んだからだ。その後、井上ひさし作の芝居はいくつか観る機会に恵まれたが、中でも秀逸は「化粧」だと思う。渡辺美佐子の一人芝居で、彼女のライフワークにもなっているのではないだろうか。井上ひさし作の一人芝居というと小沢昭一の「唐来参和」もすばらしい芝居で、ロングラン公演となっていると思うが、あれは戯曲ではなく一人称の小説として書かれたものを小沢昭一が惚れ込んで芝居に仕立てたものである。「化粧」も「唐来参和」も、役者は一人だが登場人物は複数いて、相手のセリフまでを主人公を演じる役者が表現してしまう。役者に力量がなければ、そらぞらしくなってしまうと思われる手法だが、そこは両作品とも日本を代表する名優が演じるのだから、気迫がビンビンと客席に響くのである。
「化粧」は数年をおいて2回観た。2回目は最前列の席だった。おそらくそれまで何年も何百回も演じたろうに、その時も渡辺美佐子は涙を流しながら狂女となっていった。
3.「幕末純情伝」つかこうへい事務所
本当は初期の「熱海殺人事件」や「飛流伝」を観てみたかったが、残念ながら初めてつか作品を体験したのはこの作品だった。西岡徳馬がトレンチコートの下に赤いパンティーを履いて出てきた。坂本竜馬だった。沖田総司は以後のつか作品でおなじみとなる平栗あつみだった。けっこうかわいかった。舞台上にはほぼ道具らしいものはなくて、新撰組もジャージで出てきた。いかにも期待を裏切らないつか演出でうれしかった。
4.「上海バンスキング」オンシアター自由劇場
役者が楽器を演奏するというのは画期的だった。この作品のために初めて楽器に挑戦した役者たちの音は、戦前の三流バンドマンの音をみごとに再現していたそうだ。私はそうした基礎知識を得ないで観にいったので、開演ベル後いきなり客席に白いタキシード姿のバンドが出現し演奏を始め、彼らがそのまま芝居に入るや度肝を抜かれた。吉田日出子のあのべったっとした歌声も、郷愁を誘った。自分がつくる芝居でもナマの音楽を使いたいと考えるきっかけになった作品だ。そうそう、終演後劇場を出ると、吉田日出子と役者たちがバルコニーで演奏していた。鹿児島では二日公演で、私は初日を観たのだが、翌日はこのオマケはなかったらしい。得した気分だった。
5.「シャボン玉飛んだ宇宙まで飛んだ」音楽座
音楽座は、経営者が何か失敗したということで、突然なくなってしまった。実は私はファンクラブに入っていた。手違いで名前が間違って登録されたらしく、へんな宛名で会報が送られてきていた。訂正せねばと思っているうちに突然なくなってしまった。せめて訂正してからにして欲しかった。音楽座は「ヴェローナ物語」が初体験だった。なんて、思想だのテーマだの気にせずに客を楽しませてくれるのだろう。感想はただ「楽しかった!」それでじゅうぶんじゃないか。その後、「シャボン玉飛んだ宇宙まで飛んだ」「夢の降る街」を観た。どっかにありそうなネタだった。でも楽しかったし、演技、歌、ダンス、いずれの技術もすばらしかった。自分もこんな楽しい芝居をつくれたらなあと思わせてくれた。ただ、最後に観た「アイラブ坊ちゃん」は、夏目漱石の苦悩を描いていて、内容に共感はできたものの「俺はこういう芝居を音楽座に求めているわけじゃない」となんとなく思った。実は「泣かないで」という遠藤周作の「私が棄てた女」を原作にした結構重いテーマの作品にも取り組んでいることをファンクラブ会員になってから知った。次の企画が原作に忠実なミュージカル「星の王子様」だというところで、突然解散してしまった。申し訳ないが、私にとってはいい解散だった。「ヴェローナ…」や「シャボン玉…」の私の勝手なイメージのままの音楽座が心の中にあるから。
6.「ムラは3・3・7拍子」劇団ふるさときゃらばん
この劇団は、農村をテーマにしたミュージカルを制作し、人がいるところはどこでも劇場になると、日本全国を巡っている。わが「劇団いぶき」とその前身である知覧町連合青年団は、この劇団の公演の主催団体になることが多かった。
わが劇団の演目も、農村や地域の生活感を大切にしたものがほとんどなので、ふるさときゃらばんに影響されたと思っている人も多いようだ。もちろん影響を受けているところもあるし、ほかの劇団や芝居に影響されているところもずいぶんある。芝居にせよ音楽にせよすべての文化は、過去の文化の影響を受けて生まれるものだからだ。
ふるさときゃらばんの制作部には親しくさせていただいている劇団員が多くいる。私なりにこの劇団には思い入れがある分、最近は率直に感想を言うようになった。小ざかしいファンかも知れない。その中で「ムラは3・3・7拍子」は、この劇団の最もすばらしい作品だと思っている。