「きつね。日記」

脚本家の微笑み返し

 

1 僕らは無謀か?

 挑戦する劇団だ。昨年12月の「ナム!」再演から3ヶ月後に新作を公演する。しかも初の二幕。第一幕90分、10分間の休憩をはさみ第二幕60分。初めて使う効果機もあるし、紗幕を使うのも初めてだ。紗幕はレンタルで19日の稽古からしか使えない。どんな効果になるかも今のところわからない。

 2月26日
 挑戦することはいいことだが、少々無謀だったかも知れない。初めての通し稽古は…。まだまだ課題ばかりだ。第一幕は97分でなんとかまとまった。あと7分は演出や演奏部分の調整でなんとかいけそうだ。が、第二幕が80分もかかってしまった。

 2月27日
 稽古の予定はなかったが、音楽のdbuと舞台監督に呼び出された。ボーンのhiromiも練習に来ていた。
 dbuは、音楽部分をカットする作業をしていて、演出の了解を求めてきた。公演時間短縮のためだ。フルコーラス唄うところを半分に、役者に歌わせる箇所も削除。役者に歌わせるところは、役者と歌隊(コーラス)との掛け合いで、前回「ナム!」での「幽霊タンゴ」と同じような効果を狙ったものだったが、切るとすればここしかないだろう。台詞はなかなか切れない。もう今更設定をかえたりはできない。歌が短くなる。ごめん歌隊!

 3月 1日
 稽古にはあまり集まらなかった。体調をくずしている団員もいる。体調管理も重要な時期だ。
 役者たちがかなり悩んでいる。「ナム!」ではしんみり聞かせる台詞が多かったのだが、今回は短いセンテンスを機関銃のごとく吐き出さなければならない。なかなかでて来ない。あせるとよけいだ。と、今回は台詞の量の少なかったFUKUDAさんが、すばらしい台詞回しを披露する。稽古場の閉まる時間が近づいていたので急いで喋ったのだそうだが、その感じが素晴らしかった。「これが僕のイメージしてるリズム」。みんながこれを習得すれば二幕も60分におさまる筈だ。

 3月 2日
 今日からダンスの稽古に入る。今日は、ソロのダンス部分だけ。ダンスのつもりで来た他の役者は台詞の稽古。本当は2月中に台詞を仕上げてあとはダンス三昧にするつもりだったが、そううまくことは運ばない。
 ポスター・チラシ・チケットがようやく刷りあがった。町民会館にも問い合わせが来ているらしいので、いよいよ前売券発売開始!もうあとにはひけません。

2  おもしろいか?

 子供たちが外出して家の中が急に静かになった。娘の帰宅予定時間までの静かな3時間、「きつね。」からもちょっと離れてみたかった。3時間…。そうだ、もう一回じっくり観ようと思っていた名画「ベン・ハー」が観れるではないか。さっそくDVDをセットして、右手はマグカップにコーヒー、側らにガーナチョコレートを置きいざ再生。往年のチャールトン・ヘストン、かっこいいなあ。でも、なんだかシュワルツネッガーに似てないか?昔のハリウッドの女優は清楚な感じだなあ…などと思っていると、あっという間に3時間。

 そこでふと気がつく。「きつね。」も3時間近くかかるかも知れないのだ。この超大作「ベン・ハー」と同じ所要時間。おもしろけりゃ飽きない時間だということはわかったが…。しかし…。

 3月3日
 チケットの配券。いよいよ後には引けない。今日は音楽班とは分かれて稽古。役者が集まっていないなあ…と思って数えると、出演する役者14人中10人は来ているではないか。先週の通し稽古では音楽班といっしょにやって、実験的にBGMも入れたりしたせいで、役者だけで稽古するとさびしい感じがするな。

 いつものことだが、公演数週間前のこの時期は、とてもナーバスになる。「この脚本おもしろいのかな」という疑念がふつふつと沸いてくる。だから「面白い話だよ。だいじょうぶだよ。ウケますって」などと、誰かが言ってくれるのを期待するのだが、私のストレスにかまってくれる人はいない。みんないっぱいいっぱいだ。おもしろいか?コレ。

 3月4日
 全員ダンスの稽古。振付のHARUMIさんには、「全員で踊るとこは覚えやくして」と頼んでおいたら、覚えやすくてかっこいい振付ができてきた。お尻の動きがポイントか?幕開けのソロダンスから全員ダンスまでがうまくいったら、ここはすごくおもしろくなるぞ。でも、脚本はおもしろいか?

 3月5日
 2回目の通し稽古の予定が、積雪のために中止。

 3月6日
 通し稽古。セリフのテンポも格段によくなった。そのためか所用時間も大幅に短縮!これなら2時間30分くらいでまとまるのではないか。そして、もしかしたらこの芝居、おもしろいかもしれない。うん、きっとおもしろい筈だ。
 今回、出産育児休団から復帰するトランペットのMIYOちゃんが、「初めて通し観ました。いいお話ですね」と言ってくれた。これなんですよ!「きつね。」はおもしろい!…かもしれないぞ!

3 何を考えるというのだ?

 ここはどこだ?「きつね。」の幕があがっている。いつの間に公演日を迎えたのだろう。客席に行ってみると、体育館のフロアみたいなところで50人くらいが観ている。あくびをしながら寝転んでいる人もいる。一幕目が終わって休憩に入ると、なぜか舞台上に沢山の小学生が登って歌を歌い始める。父兄とおぼしき人達が、急に活気づく、一番後ろにいたエラそうな人が二人、出口に向かいながら、「こんな劇だったら、次から考えんといかんな」と言っている。どうなってるんだ。いったい何を考えるというのだ!…目が覚めた。まだ午前4時を少しまわったところだった。

3月 8日
 全員ダンスの稽古に全員集まらない。家庭や仕事を持ちながらのアマチュア劇団活動なので、仕方がない。しかし、オープニング、全員でダンスというのは無理か…。すでに日本舞踊を踊る3人は、そっちに専念させるために、オープニングのダンスから外したのだが、もっと絞り込まなければならないか。

3月 9日
 ダンスの稽古及び芝居。

3月10日
 職場の飲み会にお付き合いして少し遅れて稽古場へ。
 2幕の終盤をやっていた。Tatuの台詞は今回のヤマだ。集中してやってもらう。演出担当者、酒が入っているため、演出が説教調になっていないか。いやいや、酒グセはいい筈…ゴホン!…よくなった筈なのだが。

3月11日
 今日は役者も5人くらいしか集まらなかった。で、しばらく世間話のつもりが、ずっと世間話。ま、ここのところ毎日つめてやってるから、こんな日もアリ。それにしても発熱、腹痛などなど、体調崩している劇団員が多い。そこで、明日は、神頼みにいくことに決定!

3月12日
 公演2週間前となった。公演会場で仕込み作業。劇団倉庫から大道具を運び込んだ。あわせて今回新たに発注した大道具も納品された。いつも地元工務店マエダハウスさんに依頼しているが、プレカット部の棟梁が期待以上のものを作ってくれる。ありがたい。
 昼食後、隣町に稲荷神社があるというので、稲荷寿司を持ってお参りにいく。熱発で休んでいた団員も噂を聞きつけて、じゃなく、mailを読みつけて?安全祈願に参加。もちろん公演の成功もお祈りした。

3月13日
 また雪だ!寒い。朝から大道具、小道具製作。昨日できた大道具に仕込む布を縫う作業と、うん?また狐の耳を作り直すらしい。夜の稽古は休みにする。が、音楽班は自主練習するらしい。ほんとうにみんなイッパイイッパイ。
 悪夢は努力で吹き飛ばすしかない。いまさら、何を考えるというのだ!もうやるしかないのだから。

4 ゲネプロ

 ゲネプロとは、ドイツ語のGeneralprobeの略で、本番とまったく同じ手法で行う通し稽古のことだ。劇団いぶきの場合、ゲネプロは本番の一週間前にやる。

 舞台上にセットを組み上げて、照明も「きつね。」用に仕込むのだが、ありがたいことに、ゲネプロ終了後もそのままセットを使って一週間稽古ができる。ゲネプロでの課題の調整を充分に行うことができる。もちろん、ホールに他の行事がない時期を選んで公演日を決めているが、都会の会館では考えられないし、会館管理者、町民のみなさまに信頼いただいて貸していただいていることに感謝しなければならない。

3月19日(土)
 ゲネプロ当日。朝から大道具の仕込み作業。今回は大きな吊りものがある。見た目は100キロ以上の物体。実際は客席から見えない部分は軽量化されいるが、しかし、軽いものであっても舞台の吊りものはとてもアブナイ。小さなものでも頭上に落下してきたら重大事故になる。慎重に慎重を重ねて吊り込む。

 ゲネプロは、26日本番の開演時間と同じ午後6時30分スタート。体調がもどらない人がいる。無理をさせて本番に合わせられないとまずいので休んでもらう。きっと本人も気になって仕方ないだろう。この時期は劇団内の結束や一体感もかなり高まっている。だから体調不良や仕事の都合で休む人がいても、心配はすれど責める人などいない。全員がこの3ヶ月をどう過ごしてきたかをお互いに見てきているからの信頼だ。いい関係だと思う。

 ゲネプロが始まる。今回は演出担当者も黒子として転換での道具の出し入れを行わなければならないので、客席からじっくりチェックできない。あとでビデオでチェックするしかない。

 照明や効果音とのタイミングが合わないところや、稽古量の足りなかったところ、演出担当者の演出が曖昧だったところなどがドタバタしたり、無意味な間があいたりしたが、なんとかノンストップで最後まで行った。よかった。これで公演はできる!

 ただし、終了後、ほっとしている人もいれば凹んでいる人もいる。いずれにしろ、誰しもいっぱいいっぱいで余裕がないってことは確かだ。今回のこのコラムにして、ギャグもオチもない。

5 きつねの時間は戻らない

 3月になってから襲った寒波とインフルエンザの流行は、わが劇団を直撃した。栄光のゴールへ向かおうともがく劇団員たちが、ばたばたと倒れて行く。それでも倒れた仲間を肩に背負い、隊列を崩さずに、歩んだのだ。が、しかし、敵のインフルエンザ攻撃は容赦がない。そしてついに公演日前日、役者達が身を寄せ合って震えている塹壕に、インフルエンザ機銃の掃射が行われるや、私は迷うことなく、役者達の前に立ちふさがり、インフルエンザの弾丸をこの身で受け止めたのであった。空気を引き裂きながら、次々と、インフルエンザ弾丸が私の体に撃ちこまれている。うつろになる意識の端に、泣き叫ぶ若い劇団員の声が聞こえる。泥水の中に倒れながら私は最後の力を振り絞って叫んだ。
「すすめ!君たちならできる!最後まで、自分を信じて、仲間を信じてすすみ続けるのだ!」
 かすかにラッパの音が聞こえる。トロンボーンとトランペットが、夜空に高く吹き鳴らされている。ありがとう…。

 というわけで、私は公演日前日に寝込むこととなった。私だけでなく、体調が万全な団員はいないという状態で公演日を迎えてしまった。しかし、やるしかない。当日の午前中まで寝込んでいる団員がいても、「やる!」という意思統一はゆるぎない。芝居をつくるってことは、こういうことなのだと改めて知る。誰一人欠けても成立しない芝居をつくるってことは、こうも厳しいことなのだ。プロだアマチュアだなんて関係ない。

 「趣味はなんですか?」と聞かれたときに、私は芝居・演劇・劇団などと答えたことがない。「趣味」というニュアンスと、自分がやっていることがしっくり結びつかないからだ。「ストレスの解消に趣味を持ちましょう」などと言われると、ますます、「趣味」と私の中の「演劇」との距離が離れて行く。

 自主公演では、前売券をたくさんの人に買っていただく。チケットの売上枚数が伸びる毎に、私のストレスは増大していく。

 今回は、テーマのひとつに「男女共同参画」があった。しかし、稽古期間中は特に私も含めて男性団員は、
「よくもまあ「男女共同参画」なんて言えたものだ」
と、言われても仕方のない生活振りだ。仕事から帰るや、妻や子どもの話などはそこそこにセリフの稽古、土曜日日曜日も劇団活動。
 劇団員たちにそこまで強いる、モトの脚本を書いている私は、責任を感ぜざるを得ない。プロのように仕事と割り切れない辛さがある。私だけではない、仕事を持ちながら、世間からは「趣味」と受け止められてしまいがちなアマチュア演劇活動のために、家族との時間を切り詰めなければならない全ての劇団員が、やはり辛いのだ。アマチュアにはアマチュアの辛さがある。

 そうやって迎えた公演日。私たちの芝居は2回しか公演しない。3ヶ月以上も、たくさんのものを犠牲にてきた劇団員たちが、必死に演じている。演奏している。唄っている。しかし、演じた端から消えて行くのが芝居だ。いや、お客様の心の中には、何か形あるものが残るのかも知れない。そう信じるほかにない。

 「きつね。」は終わった。両日とも満員で、そしてありがたいことに2時間50分もの間、会場の熱気は変わらなかった。温かい観客に、創作芝居の最後をつくってもらった。体から緊張感が抜けると、またもや発熱に襲われた。しかし、今度は私がラッパを吹いてやろう。優しいセレナーデを吹いてやろう。きつねの時間はもどらない。でも、きつねの思い出は、いつも心の中に…。おやすみ…。←どうよコレ。

劇団いぶき

劇団いぶきは、鹿児島県知覧町で40年以上活動している劇団です。